May 07, 2005

川井一仁氏によるB.A.R.問題解説

CSのフリー走行中継で、川井チャンが解説に登場。BAR問題について語ってくれました。
 
まず、問題の争点について。
 
「燃料タンクがもう1つあろうがなかろうが、そのサイズが大きかろうが小さかろうが関係ない。結果的に、600Kgを下回る(ことができるようサブタンクをうまく利用した)可能性がぬぐい去れなかったことが問題だ。
 
ということでしたね。報道と微妙に違う・・・。余計わからん!
 
そして。「マシンの構造上、青くなったチームが3つある」と明言し、そのうち2つはルノーとマクラーレンである、と、匂わせました。
 
しかし・・・どうなんでしょう。それが大問題に発展する危険性は薄いんじゃないかって気がしますね〜。
 
つまり、今回のことが純粋にレギュレーションの解釈(またはレギュ違反ギリギリで開発していることの危険性)についての問題なら、他チームも要注意ですが、そうではないところに問題の本質があるのなら、・・・とりあえず危険度は軽減されますよね。
 
川井一仁氏の存在は貴重だし、尊敬もしてますが、・・・今回の件に関しては、あまりに報道と違う発言をされるので・・・どちらが正しいかを判断するすべのない1ファンとしては、戸惑うばかりです。こういうと語弊があるけれど、川井チャンの発言はむしろ「木内さんやハシケンさんの発言」として聞いておくのが賢明なのかも。
 
つまり、技術屋さん的な発想だけでは解決の出来ない(レギュレーションの解釈だけではない)、本質的な問題に向き合わなければいけないのではないかということです。
もちろん、技術屋さん的発想は重要だし、それを大いに活用してレギュと戦いながら開発していただかなくてはなりません。それはそれですごく大切なのです。
 
しかし、それだけではないのでは?
 
そういうことです。
 
あと。
川井チャンの声、疲れてましたね。まぁ、元気ノリノリだったら怒りますが・・・。
 
付記:
その後の報道で、前述の「争点」が正しかったことがわかりました。報道する方も決して確信犯ではなく、事件の全貌を辿りながらひとつひとつ報道していくんですね。だからタイムラグが生じたり、ちょっとした言い回しなどで誤解曲解、また解釈の違いが出てくる。これはF1というより、メディアの問題でもあるのでしょう。
 
で。整理すると、
 
〜菘世呂笋呂「600kgを下回っていた可能性が拭えなかったこと」であり、二重タンクは関係ない。他チームも似たような構造をしていることはモズレーも認知済み。
 
△發Δ劼箸弔料菘世蓮燃料を抜き去ったとき、「これで全部か?」との問いに「そうだ」とBARスタッフが答えたが、実はまだ(サブタンク内に)残っていた。この、偽りの証言
 
94年のベネトン事件との違いは、ベネトン事件が、レギュ違反の嫌疑はあったが実際に証明できなかったのに対し、今回の事件は、燃料を抜き取って重量を再検査することで実際に証明できた。よって罰則の重さが違う。
 
以上です。腑に落ちるような、落ちないような・・・。いちばんの問題は、これら一連のことを、モズレーが故意による詐欺行為と決めつけていることなんですけどね。
 
情報元:F1GPNews


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BAR2戦出場停止…(スペインとモナコ) 今年全レース除外は免れたとはいえ…許せないものは許せません。 ざけんじゃねーぞ、FIA!! 昔、ベネトンがこれでもかといわんばかりに狙われたことがありますが (ミハエル兄さんのフォーメーションラップ追い越しとか、ピット
今回だけ猛毒吐かせていただきます【畳持参のぼそだら日記】at May 08, 2005 22:47
この記事へのコメント
↓スレにも書きましたが時代は繰り返されるのです

89年鈴鹿でセナを無理やり失格にした頃から・・・
何も変わってないFIA・・・
その後、セナ=危険なドライバー→執行猶予付き処分
セナ涙の記者会見懐かしい・・・

民事の判例では・・・
94年の顎の2戦出場停止→もちろんベネトンの負け
84年のティレル追放→もちろんティレルの負け
シューの今回のコメントはこういう経験からなのです。

今回
600Kgを下回る「可能性」→グレー→クロではない
結果↓
2戦出場停止 ポイント剥奪 執行猶予
  ↓
【本質的な問題】

1980〜1990年代のF1が懐かしい・・・
Posted by kopin at May 07, 2005 19:46
×1980〜1990年代のF1が懐かしい・・・

〇レース→1980〜1990年代のF1が懐かしい・・・
Posted by kopin at May 07, 2005 20:07
>kopinさん、
そうですね。今まで私自身が川井チャンの発言を頼りにしていたところが大きかったので、「そうではないんだ」ってことを自分に言い聞かせるために、このエントリを書きました。川井チャンは川井チャンで必要な存在なんですけどね。でも、絶対じゃないですね。問題はもっと大きな、深いところにあるんですよね〜。

なんというか、もろもろのことは「突き抜けて」いかないといけないんですよね。言葉の揚げ足取りじゃなく。すっごく難しいことだけど、それができなきゃ一流にはなれないってことですよね。なんか、すごく勉強になったぞ(笑)。
Posted by Agatha at May 07, 2005 21:43
私も勉強させられながらココまで来た一人です。(^^;;
89年鈴鹿セナの件は素人目に見ても絶対オカシイ!
と思ったモノです!その後いろいろ紐解いて行くと
F1=「そういうものなんだ」と思うようになり今日に至ります。

私がレース→1980〜1990年代のF1が懐かしい・・・
と思ったのは純粋に「レースが面白い!」と思えたからです
諸々の「政治的な部分」は抜きにして純粋に「レースが面白い」と思えるF1が見たいと思うのは私だけでしょうか?

現在の戦略型F1もいいですが、やはり!
セナのこの言葉の通り・・・
「僕達はいつも限界で闘っている。マシンも人間もだ。それがモーターレーシングであり、F1なんだ」

こういうF1をもう一度見たいですね!

Posted by kopin at May 07, 2005 22:19
トラバありがとうございました。
Agathaさんの悔しさが伝わってきます。
悪い歴史が繰り返されるのはいい気分ではありませんね。
たまにインディのおおらかさがうらやましくなります。
Posted by 海外旅行に畳持参(kaigaitata) at May 08, 2005 22:48